日本CI協会はマクロビオティックの創始者桜沢如一によって創設された日本で最も歴史のあるマクロビオティックの普及団体です。

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『月刊マクロビオティック』6月号おすすめ記事

 桜沢如一先生が永眠されているのは、生まれ故郷・京都にある教きょうぞういん蔵院という比較的小さなお寺の墓地です。
 この数年、日本CI協会では桜沢先生が逝去された4月に墓参会を行っておりましたが、今年の開催は正食協会共催で墓参会を企画し、当日はマクロビオティックの指導者や講師の方々にお集まりいただきました。
 当日は、墓参前に寺院内施設をお借りして、正食クッキングスクール岡田昭子校長と日本CI協会勝又会長による講義(お話)を行いました。
 桜沢先生に纏まつわるお話やマクロビオティックの原点を確認するお話を聞くことができ、とても貴重な時間となりました。

 

日本CI協会と正食協会

 岡田校長は冒頭に「このたびは日本CI協会と一緒に墓参ができることは本当に幸せで、正食協会も日本CI協会も素晴らしいと思います。」と述べられました。

 岡田校長は、まず、正食協会の創設者である岡田周三先生と桜沢先生との出会いのお話から始まりました。昭和9年に肺結核を患った周三先生が本を通して桜沢先生を知り、指導を受けてから元気になり、それ以来、桜沢先生を「命の大恩人だ」という強い思いがあったとのこと。その後、大阪での機関紙発行を桜沢先生から指示され、昭和33年に「健康と平和」(現・「むすび」)が誕生したという経緯をご説明されました。

 また、墓参会の3日前に正食協会の資料室で偶然見つけた1965年発行の書籍「魔法のメガネ」をご持参いただき、そこに記された桜沢先生の母親の話では、お母様20歳で桜沢先生を出産されたこと、桜沢先生が10歳の時にお母様が亡くなられたことなど、他では聞けない話に岡田校長ならではの解説が加えられ、語られました。


 岡田校長は、正食協会も岡田周三氏、定三氏、ご自身、ご子息と受け継ぐことができていることに触れ、「健康をいただいていることは有難く、人様の何かの役に立つようにしなければいけない」と、思いを語られました。正食協会60年の歴史を振り返って「卒業生を輩出した際には桜沢先生の墓前に報告に来ている」と話された際には、感極まる場面もありました。

 また、海外でマクロビオティックの普及に尽力された方々のご苦労に感謝の意を述べられ、特に田中愛子先生については詳しくお話くださいました。
岡田校長の話は尽きることがありません。桜沢先生とのエピソードを織り交ぜた楽しく、そして貴重な時間は、あっという間に終了しました。

 

感性で捉えるマクロビオティック

 勝又会長ははじめに、世間の環境が変わっていることの話をされました。最近では思いもよらぬところで玄米食が広がっていることや、最近の雑誌に大手菓子メーカーがマクロビオティックの特集を掲載したことに触れ、「日本CI協会と正食協会、どちらの協会がどうなどと言っていられない時代になってくる」と話され、その上で「子どもたちが共催でやろうと言い出してから、こんなに早くこのような会ができるとは夢にも思っていませんでした。桜沢先生や岡田周三先生から受け継いだことを、子どもの代へ受け渡しができたことを嬉しく思っていますし、感謝申し上げます。」と述べられました。

 また、イタリア視察の話では「海外では確実にマクロビオティックが広がっている。そのことを知らないのは日本人だけではないか」と感想を話されていました。

 その後、勝又会長は正しい感性教育の大切さ、生活の中での陰陽調和の話を分かりやすく話されました。また、「マクロビオティックは知性ではなく感性で捉え、感性を確認したり養うのが基本食です。基本食が絶対に良くて、そうでないものダメ、ということではないのです。陰陽を頭で考えないで体で感じとって体の声を聞くことが何より大切なのです。」と説明されると、参加の皆様も改めて再認識できた様子が伺えました。

 最後に、同期に日本CI協会で活動した同僚の逝去について、思い出話と哀悼の意を表され、勝又会長は話を終えられました。
お二人の貴重なお話が終わる頃には小雨が降り出しました。お話の後、桜沢先生と里真先生が眠る墓地へ移動し、教蔵院住職にお経をあげていただく中、約50名の参加者一人一人墓前で手を合わせ、散会となりました。

 桜沢先生の遺志を受け継ぐ両協会共催による今回の墓参会は、桜沢先生の目に、どのように映っていたでしょうか。

 


※この記事は「月刊マクロビオティック」で連載しています。

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