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『月刊マクロビオティック』7月号おすすめ記事

感性で味わう

フードコンシャスネス(味わい教育)vol.3
5つの心(有り難う・頂きます・ご馳走様・勿体無い・お陰様)の意味

学習院女子大学国際文化交流学部教授
一般社団法人フードコンシャスネス研究所所長
品川 明

 

 前回の内容を振り返ると、食べているものや口に入れているものは、ほとんどが生き物や生き物から作り出されたものであることに気づいた。また、玄米を味わって記入した言葉の表現内容から、多くの人が味覚や嗅覚中心の表現であり、視覚や聴覚、触覚などの他の感覚や感動表現に欠けていることも実感した。このように、口に入れる食をもっと意識するためには、どのようなことを感じたら良いのだろうか?

 

 

@有り難うの反対は何でしょうか? 心に響く言葉

 人は感謝を示す時に「ありがとう」という。例えば、他の人からの優しい言葉であったり、嬉しいプレゼントをもらったり、自分に対する様々な有益な出来事に対して「ありがとう」とお礼の言葉で表現する。ここで用いている「ありがとう」は、相手が自分に示してくれた直接的な行為に対する感謝の気持ちを表す挨拶の言葉かもしれない。
 それ以外の「ありがとう」を知っている。この場合の「有り難う」は存在が稀であり、有ることが難しい。なかなか有りそうにないことである。日常、口にする食べ物や飲み物はいつも有ることが当たり前という感覚で過ごしている。しかし、これらの食べ物や飲み物が本当に有るのが当たり前だろうか?
 6年前の東日本大震災の時に被災地は食べ物や飲み物の有り難さを身に染みて感じた。商店に並んでいる食べ物を見た時、美味しそうと感じることは当然の気持ちである。
 しかし、それでは食べ物の表層しか感じたことにならない。この食べ物を生産している土地や人、生産されるまでの貴重な時間、生産されるには人の努力も必要であるが、太陽や空気や水や土壌、多くの微細な生き物など様々な関わりがあって、はじめて目の当たりにするのが食べ物ではないだろうか。このように食べ物は本来有るのが難しい存在である。
 色々な研修や講習会で必ず問いかけることがある。「みなさん、ありがとうの反対は何でしょうか?」というものである。色々な応答の中で「どう致しまして」「ごめんなさい」などがある。次に「ありがとうは『有り難う』と書きます。本来は有るのが難しいことを意味します。」そうすると「ざらにある」「あるのが簡単」など、皆さんは思考を展開し、最終的に「当たり前」という答えに到達した。この思考時間は楽しく素晴らしいものだった。
 今こそ、食に対して当たり前のものの見方ではなく、有り難いものの見方を心掛けていきたい。食は命であり、繋がりであり、恵みである。命( 食べ物)が産まれた瞬間、産まれた大地や海、食するまでの過程に、想いをめぐらす機会を提供したい。「味わう」とは五感や心で感じることであり、地球上の多くの繋がりがあってはじめて成り立つものと意識して欲しい。

 

A頂きます・いただきますの心

 食はそのほとんどが生き物、または生き物から生産されたものである。食は自然界の様々な命から授かった
ものである。また、食はその多くが呼吸し、あるものはその鼓動さえ感じ取ることができる。
 食べることは命を引き継ぎ、新たな命を創造するために不可欠な行為でもある。人は地球上のすべての命の恩
恵を受けて生かされていることに気づいて欲しい。有り難く、頂く感謝の心を大切にする。

 

Bご馳走様・ごちそうさまの心

 食はご馳走であり、楽しむものである。本来、ご馳走とは走り回ること、奔走することを意味する。昔は来客に食事を用意するために馬を走らせ、野菜や魚などを集めたことから馳走が用いられ、さらに走り回って用意することからもてなしの意味が含まれるようになった。食は様々な生き物の存在と人々のお陰で食卓にのぼるものである。その繋がりを感じ、新たな繋がりを紡ぐ、ご馳走になる心ともてなす心を大切にする。

 

C勿体無い・もったいないの心

 「勿体無い」とは、物の本来有るべき姿がなくなるのを惜しみ、嘆く気持ちを表している。あらゆる物に対して慈しみや感謝の気持ちが込められている。また、自分には不相応である、有り難いものである、粗末に扱われて惜しいという気持ちが込められている。食はこのように粗末にできない神聖なものである。食を振り返ると有り難く尊い命であり、それを頂くことは自然の多くのものが繋がり合ってはじめて成立する。一粒一粒の恵みに感謝し、勿体無いという節度ある心を大切にする。

 

Dお陰様・おかげさまの心

 食は見えない部分が多い存在である。目に映るものだけでなく、目に見えない多くの感謝と恵みを感じさせ、多く
の繋がりを感じさせる尊いものである。食の隠された部分や、その生き物としての物語や育った環境、それを頂くこ
とは家庭や社会や、自然の多くのものやことが繋がりあっていることを感じることでもある。多くの愛に感謝し、皆さんのお陰で生かされていることに感謝する心を大切にする。 
 私たちは食の表層しか見ていないと思う。食の見えない部分がほとんどなのに、見えない部分を知ろうともしないし、感謝しようともしていないのではないだろうか。
 「お陰様」とは、他者から受ける恩恵を意味する「お陰」に様をつけて丁寧にした言葉である。古くから「陰」は神仏などの偉大な物の陰で、その庇護を受ける意味として使われている。
 見えないものやことを見えるようになるためには、多くの見えない恩恵に感謝する必要がある。食(いのち)から受ける多くの恩恵に感謝する心が大5つの心切である。お陰様の心を大切にし、自身の持つ好奇心や探求する科学の目・芽を育むことである。
 この5つの心「有り難う」「頂きます」「ご馳走様」「勿体無い」「お陰様」は、謙虚ですべてのものに感謝する日本人や東洋人の心の言葉なのかもしれない。食べるもの、食べること、食べかたや食の購入意識に反映される言葉でもある。
 次回は、フードコンシャスネス教育の理念である「ひふみよいむなやこと」の意味を考える。( 次回は10月号掲載
予定です)


※この記事は「月刊マクロビオティック」で連載しています。