日本CI協会はマクロビオティックの創始者桜沢如一によって創設された日本で最も歴史のあるマクロビオティックの普及団体です。

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Home月刊マクロビオティック > 抜粋記事〜今月のおすすめ記事

『月刊マクロビオティック』7月号追悼特集

追悼特集

「追悼 田中愛子」

 

 

メッセージ:愛子先生の思い出
クッキングスクール リマ青森校主宰 古川惠美子

愛子先生とのご縁やお話してくださったことは、私にとって悲しくも大切な宝物になっています。

初めて青森を訪れていただいたのは、ちょうど愛子先生が80歳の頃でしょうか。小さいリュックを背負い、軽快な足取りで青森駅にお着きになりました。リュックをお持ちしようとすると、「背負っていないと風で吹き飛ばされるのよ〜。私はこのリュックひとつでどこでも行けるし、何も持たなくていいのよ。」と仰り、この言葉から生き方の基本を学ばせていただきました。その日は十和田湖への道すがら、先生は小説でお読みになった八甲田山で遭難した連隊の墓所をお参りしたいと希望され、立ち寄ることにしました。愛子先生が墓標に向っていく様子や、跪いてお祈りしているお姿がまるで映画のワンシーンのようでとても神々しく見えたことを今でもはっきりと覚えています。先生のすべての命を尊いものとする姿勢が感じられ、今でも思い出すと胸の底からこみ上げてくるものがあります。

以来、愛子先生にはたびたびお手紙やお電話でずいぶんと励ましていただきました。今こうして青森の地でマクロビオティックの活動に携わることができているのも愛子先生の深い愛情のおかげと言っても過言ではありません。

どうぞ、これからも見守ってくださいませ。愛子先生ありがとうございました。

 

メッセージ:教えていただいたことを忘れずに
クッキングスクール リマ沖縄校主宰 長嶺弘子

私が田中愛子先生に初めてお会いしたのは、平成10年、大阪の正食協会でした。翌年、本校でお会いして沖縄校のことを話しましたら、若い頃に里真先生とご一緒によく沖縄で料理教室をしていたとのことで、懐かしそうに当時の想い出をお話くださいました。

それからは達筆なお手紙をよくいただきました。そのお手紙には季節に見合った切手が貼ってあったり、美術展の絵ハガキだったりと、愛子先生の美的センスにはいつも感心しておりました。

沖縄校での試作会にも何度もお越しいただき、「愛子先生にお会いしたい」と、毎回部屋に入りきれないほどの人数になり、先生の話される一言一言に皆さんが感動していた様子が昨日のように思い出されます。

愛子先生は沖縄そばが大好きで、「その土地に来たらその土地のものをいただきます」と、色々な食べ物に挑戦したり、観光したりと、ほんとうに思い出すときりがありません。そして、リュック一つで、空港ロビーから手を振って、「元気〜!」と言われた嬉しそうな顔がいまも忘れられません。

愛子先生に教えていただいたことを忘れずに、自由に愉しいマクロビオティックを少しでも多くの人にお伝えしていくように沖縄校として精進していきます。愛子先生、ありがとうございました。

 

メッセージ:心の歳を取らない可愛いおばあちゃん
(有)あうん社代表取締役・物書き・生涯見習い百姓  平野隆彰

ちょっとヒッピー風で、可愛いらしいおばあちゃん。それが愛子先生の第一印象である。

10年ほど前の初夏だった。熊本の親類筋の女性が愛子先生に千葉に住む姉の手当てをお願いし、来訪いただいた際に、庭で一緒に煙草をふかしたのが初めての出会いであった。椅子に腰かけ脚を組み、おいしそうに煙をはいている。マクロビオティックの大先生が愛煙家であることに共感し、小さな足に赤い鼻緒の草履というのも親近感を覚えた。周りの目を気にしない自由人という意味合いで「ヒッピー風」と見たわけだが、その後、拙著『桜沢如一。百年の夢。』の取材で会ったときも、私の第一印象は変わらなかった。江戸っ子のお嬢さん育ちであったことを知り、話し方やしぐさが天然で粋なのはそのせいかと納得もした。若い頃は相当、お茶目でやんちゃでもあっただろう。

身体は歳を取っても、心は歳を取らない。これは当たり前の宇宙真理。にもかかわらず心身ともに老けるのが常識と思っている人が実に多い。愛子先生がいつまでも可愛い女性であり続けたのは心の歳を取らなかったからだ。ご本人に確認していないが、おそらく笑ってこう答えるだろう。「そんなこと、当り前じゃないのぉ〜」合掌。

 

メッセージ:自由人になるためのマクロビオティック
日本CI協会 石井洋子

「愛子先生!」とお呼びしたら「あらご無沙汰! 元気?」といつものようにお返事くださる気が今でもします。

そして、様々なシーンを思い出します。ご自宅近くのファミリーレストランを書斎&面談場所にして、同じ時間に同じ席で原稿書きや面談、一時期は東日本大震災のご供養にと、懐紙にお手本もナシで般若心経を筆ペンでお書きでした。達筆でした。また、絵心もおありで、サインは「エンジェルはあなた」と書いて、天使の絵を添えるのが晩年の常でした。「自分の心の持ちようが大切」という意味もあったのでしょうか。

八甲田山の行軍記念碑を訪ねた際、碑前にひざまずき、胸に手を置いて祈りを捧げていらした姿は、まるで映画のワンシーンのようで感動しました。料理教室では88歳まで調理実習も担当され、床に座り、細い腕で餃子の皮を力強く捏ねていらしたお姿や、大胆で早い包丁捌きも忘れられません。

先生は気遣いの方で、疲れていらしても教室に入ると、笑顔で「元気?」「きれいになったわね」と言って挨拶やハグをされ、そのお人柄でファンも多く、「リマのマドンナ」でした。

ただ、時々鋭い一言もありました。私が「玄米ごはんにかける胡麻塩は小指の第一関節くらい」と話した際に、「誰が決めたの! マクロビオティックはこれでなくてはダメということはないのよ。自由人になるためのマクロビオティックよ」と諭されました。愛子先生は食だけでなく、いつも感謝の気持ちを持ち、ありのままの自分でいることの大切さを私たちに示すことでマクロビオティックを伝えてくださいました。

天上界からもお見守りください。長い間のご指導をありがとうございました。

 

お別れの会

 

納骨式

夏を思わせる晴天となった5月11日(金)に、田中愛子先生のご遺骨を、愛子先生が生前から強く希望されていた桜沢如一先生、里真先生、そして、マクロビオティックの普及活動に尽力された同志の皆様が眠る武蔵野霊園の納骨堂に納めてまいりました。ご遺骨は、ご遺族の方がいつでも詣でられるように、愛子先生が大好きな富士山が見える御殿場で樹木葬にもされたとのことで、分骨された可愛い小さな骨壺でした。

今回は、ご遺族のご意向で、ごく内輪での顕彰碑ご披露と納骨式でしたが、ご縁の深い方がお集りくださいました。特に、愛子先生が生前に何回も訪問された南インドの日本山妙法寺の石谷お上人様がたまたま来日中で、庵主様とご一緒に、お塔婆を担いで参列くださいました。また、愛子先生が一時日課とされていた朝の散歩先でもあった仏舎利塔のある御殿場の日本山妙法寺のお上人様も「是非に」とご一緒くださり、黄色い僧衣をまとった3人で墓前をととのえ、団扇太鼓を叩きながら「何妙法蓮華経」を朗々と唱えて、ご供養くださり壮観でした。愛子先生は無宗教でしたが、檀家を持たず、仏舎利塔を建立し、平和行脚を中心に世界で活動する法華経教団である日本山妙法寺の活動に、お台所からの平和を願うマクロビオティックに通じるものを感じておられたのでしょうか。愛子先生を偲びながら、参列者全員で唱和し、ご冥福を祈念いたしました。

 

 

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