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『月刊マクロビオティック』1月号おすすめ記事

「発酵の科学」中島春紫氏に聞く
発酵食は安らぎや癒し効果がある
中島春紫先生の著書「発酵の科学」(講談社ブルーバックス)は、発酵の仕組みや発酵食品について科学的な側面からわかりやすく解説している本です。専門的な内容もありますが、底辺に流れているのは中島春紫先生の発酵食品、それも日本の伝統食への愛着だとわかることでしょう。それは著書の前書きに書かれていることからも伺い知ることができます。
『南北に長い日本列島は山がちで森林に覆われ、地下資源にも乏しく、わずかばかりの平野に人々がひしめいて暮らしている。土地利用効率が悪く、貧しい国土に見えるがそうではない。四季がはっきりしていて、日照も降雨も適度にあるため、少々の酸性雨くらいでは森林も湖水もびくともしない。夏場に水が手に入るので、ほぼ全土で稲が栽培可能な、極めて恵まれた「瑞穂の国」なのである。』(著書「はじめに」より引用)
今回は大学での講義や各種学会、テレビ出演など、日々大変お忙しい中にもかかわらず、中島春紫先生に当協会までお越しいただき、料理教室を見学していただきました。マクロビオティック料理も実際に味わっていただき、講義や調理実習の感想とともに、「発酵」について伺いました。
編集部
古代からの発酵文化
編集部:中島先生、本日はお忙しい中、お越しいただきありがとうございます。先生の著書「発酵の科学」、とても面白く読ませていただき勉強になりました。所々に化学式や専門用語も出てきますが、私のような読者のために分かりやすく説明されていました。
中島春紫先生( 以下、中島):それはよかったです。原稿の段階では、結構、専門用語も使っていましたが、講談社の担当者から分かりやすくしてほしいと指摘されてずいぶん手直ししましたけどね(笑)。
編集部:それに、先生の食に対する愛情が随所に感じられ、今日はいろいろとお聞きしたいと楽しみにしていました。
中島:それは嬉しいですね。
私は本当に食いしん坊で、高級な食事よりいわゆるB級グルメを愛しています。庶民的な食事がおいしい国は、良い国だと思っています。イタリアのピッツァやパスタ、韓国の庶民的な味も好きです。
編集部:今日は料理教室を見ていただいた後に試食をしていただきましたが、マクロビオティック料理はいかがだったでしょうか?
中島:とても美味しかったです。小豆玄米ごはんは絶妙でしたし、味噌汁も味噌の合わせ具合がよかった。野菜の風味漬けも酸味がほどよくて、おいしくいただきました。
編集部:喜んでいただけてよかったです。本日は発酵について学ばせてください。まず、発酵食品はどのくらい前からあったのでしょうか?
中島:文字文化が始まる前からあったと考えます。口噛み酒( ※ )もそうだと思います。日本の文化の多くは中国大陸から伝わっていますが、日本人はそのまま取り入れるのではなく、自分たちに合うようにアレンジしてきたことがすごい民族だと思います。
醤油の前身は「醤(ひしお)」で豆類や穀物が原料ですが、中国では醤(じゃん)と呼びますね。醤を訓読みで「ひしお」と呼ぶのは、大陸から伝わる前から、似たような発酵食品が日本にあったからだと思います。「ひしお」に「塩」の訓読みが入っているのは、塩で発酵させた食品があったということです。同じく味噌も未だ醤になっていない「未
醤(みしょう)」がなまって「味噌(みそ)」と呼ばれるようになったと考えられています。
編集部:世界で文字文化が始まったのは5000年前だと言われていますが、それよりも前には発酵食品があったということなのですね。農耕が始まったのは1万1000年前ということですから、それ以降に生まれたと考えていいでしょうね。
中島: そうだと思います。日本でのはじめの発酵食品は「魚醤(ぎょしょう)」だったのではないかと思います。海に囲
まれて塩もありましたからね。穀物を発酵させる「穀醤(こくびしお)」もありますが、秋田県の「しょっつる」、石川県の
「いしる」という有名な魚醤が今も受け継がれています。
穀物は乾燥して長期保存できますが、魚介はすぐに傷んでしまう。それでも冬に獲れる鱈や鮭などは塩漬けで長期保存できますが、夏場に獲れる青魚や鰹は脂も多くてなかなか難しかった。だから干したり塩漬けしたりと知恵を使った。でも鰹はそうとう苦労してやっと「燻(いぶ)す」ことを発見し、鰹節になったんだと思います。
編集部:昔の人のご苦労と知恵があったからこそ、発酵文化が育まれてきたのですね。そういえば鰹節は世界一固い食べ物なんですね。
中島:そうなんです。刃物で削らないと食べられませんから、相当固いですね。
発酵と腐敗
編集部:発酵と腐敗の違いについて教えていただけますか?
中島:まず、食べられなくなるまで毒素や病原菌が増えているものは間違いなく腐敗です。さらに食べても大丈夫だけど、生理的に食べられない食べ物もありますよね。私は個人的にそれも腐敗と呼びたいです( 笑)。
編集部:納豆がいい例でしょうか? 関西地方では食べられない方も多くいると聞きます。
中島:昔の納豆は今よりも味が濃かったんです。だから、関西の方には匂いが強烈だったのでしょうね。
今の納豆( 糸引き納豆)は、菌が均一なものを使っているので、大豆の種類で差別化を図っています。大粒、小粒、黒豆、有機、それにひき割りなどいろいろな納豆があります。
編集部:堆肥やサイレージも発酵ですよね。その過程で熱を出しますが、これについてはいかがでしょう。
中島:堆肥の発熱は好気性の菌の働きです。発熱するということは有機物の燃焼なので酸素を多く使います。ゆっくりきれいに燃焼するのが発酵で、その過程で他の菌が入りドロドロになると腐敗になります。堆肥をきれいに発酵させるには「切り返し」といって、酸素が行き渡るように撹拌しなければいけません。発熱するときは他の病原菌などを殺菌し、食物繊維とミネラルを残しています。畑で使う堆肥はきれいに発酵させなければ良い土壌になりませんね。
一方、サイレージは牛の飼料になるものですが、これも牛が食べられるように発酵しなければなりません。この場合は酸素を制限して有機物を残して乳酸菌の働きで酸性に傾けるようにします。雑菌が入り込むとドロドロに溶けたり、糸をひくようになり腐敗となります。そうなると牛も嫌がるでしょうね。
編集部:腐敗していたとしても、それを栄養にしている生物がいますね?
中島:そうです。だから発酵・腐敗というのは人間の都合なのです。人間が食べることができるのを「発酵」。食べることができないのを「腐敗」と人間の都合で呼んでいるに過ぎません。どちらにしても微生物は一生懸命生きていますからね。
東京農業大学名誉教授の小泉武夫博士の言葉ですが、「発酵と腐敗を区別するのは、科学ではなく文化である」とあります。良い言葉だと思います。
編集部:自然界の食物連鎖の中で、菌はどの位置にいるのでしょうか?
中島:食物連鎖では、一番底辺にいるのが植物で生産者の役割をしています。植物を食べるのが消費者である動物です。微生物は動物の排泄物や死骸を、そして植物をも分解する役目をしています。
編集部:微生物は分解者なのですか? 数でいえば土1gの中に数億匹いるという話を聞いたことがあります。数の上ではとてつもなく多いので、植物を支えている存在なのかと思っていました。
中島:微生物は自然界の中で分解、再利用するために必要な働きをしていると思ってください。
微生物の中には酸素を必要とするもの( =好気性)、必要としないもの( =嫌気性)、塩気を嫌うもの、塩気に強いもの( =耐塩性)、また、シアノバクテリアのように日光エネルギーを必要とするものなど、様々な種類があります。
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