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『月刊マクロビオティック』2021年3月号おすすめ記事

理屈ではない食の大切さを伝えたい

中田 はる

 

 

自宅で教室をはじめる


第二子は助産院でラマーズ法による自然出産でした。入院中の食事は精一杯わがままを言ってご飯と野菜のあっさり小食を心がけたせいか、おっぱいのトラブルもなく、順調に母乳育児を始められました。

1986年、第二子が生後3ヵ月になった頃、母乳育児サークル「自然育児友の会」の仲間にいつか玄米菜食の料理教室をやってみたいという夢を語ったところ、早速に料理を教えて欲しいと声がかかり、すぐに我が家の狭いキッチンで月一回、5〜6人が集まってマクロビオティック料理教室を始めました。私の子どもたちも含めて赤ちゃんや幼児を抱えた若い母親たちが集まり、出来上がった料理を囲んで食物や育児についてのにぎやかな情報交換の場でもありました。

料理教室を始めて一年後、長男が幼稚園に入ってしばらくしてマイコプラズマ肺炎で二週間ほど入院しました。はじめは普通の風邪だと思い、いつものようにキャベツを頭に貼ったり足湯をしたのですが、ひどくなる一方でした。黒炒り玄米茶、豆腐パスター、ビワの葉療法他、考えつく手当てをいろいろ試してみましたが効果がないまま2週間が経ち、とうとう日赤病院に入院しました。

退院後、幼稚園に通い出したら今度は水痘に。同時に生後一歳4ヵ月の長女がはしかにかかり、40度前後の熱が一週間以上続きましたが、母乳だけでなんとか自力回復。ただ、麻疹の発疹が消えた頃からアトピー性の湿疹が出だし、幼稚園に入る頃まで食事やいろいろな手当て法を試行錯誤しながら、たくさんのことを学ばせていただきました。

その後も子育てを通して怪我や病気や心配事は尽きませんでしたが、今思うと、それらの困った出来事はすべて自然からの気づかせであり、自然の法則に沿った正しい姿に戻れるように正せるように教えてくれていたのだと思います。

 

子どものための料理教室


1988年に現在の自宅を建てたときに、料理教室を開くことを前提に設計しました。以来、現在まで第3子、第4子の出産時とキッチンリフォーム時を除き、途切れることなく教室を続けています。

生徒さんの人数は多いときも少ないときもありましたが、里真先生の助手をされていた吉成千江子先生の「ひとりでも習いたいという方がいる限り教室を続けてください」との言葉を支えに続けてきました。生徒さんの要望に応じて、土曜日クラスを設けたり、夜間クラスを開いていた時期もあります。

1995年からはリマ クッキングスクールの姉妹校として、主にお子様連れの方を中心に、障害のある方も含め、幅広い年代の方々が受講くださっています。食事に無頓着だったが子どもが生まれて初めて食の大切さに気づいたと言う方がたくさんいます。そんな方々に子どもの手が離れてからでは手遅れになってしまうので、赤ちゃん連れで勉強しにきてくださいとおすすめしています。私自身も自分の子どもを遊ばせながら教室をやってきたので、子どもたちの声に負けない大きな声でにぎやかに教室をしています。

1996年、小学校の土曜休みが始まったのを機に、小学生のための自然食料理教室「キャベツクラブ」(月一回)をはじめました。感性の豊かな子どものうちに食材に触れ、自分で料理する楽しさと皆に食べてもらう喜びを通して、食の大切さを理屈抜きに実感して欲しいという願いとともに学校ではできない体験を友だちと一緒に楽しんで欲しいとい
う想いからです。かつてキャベツクラブに6年間通った子が、今はママとなってお子さんの離乳食作りに工夫を凝らしていると聞いてとても嬉しく思っています。

 

月1カフェも併設


私の娘たちもキャベツクラブに参加するうちに自分たちで簡単な料理をするようになりました。特に長女はマクロビオティックにも興味を持ち、2008年夏にはオランダで行われたマクロビオティックサマーカンファレンス・イン・ヨーロッパに参加しました。

2008年4月、大学卒業後就職先が決まっていなかった長女と自宅で完全予約制のマクロビカフェをやってみようということになりました。玄米を食べたことのない人にも玄米のおいしさを知ってもらい、料理教室の集客にもつながればと、最初は玄米おにぎりと野菜スープの簡単なメニューでスタート。次第に来てくださる方が増え、私の妹も手伝いに来てくれました。妹はクッキングスクール リマ マスターコースを修了、今はカフェのスイーツ担当として活躍するとともに、世田谷の自宅でマクロビスイーツ工房「bio pondふゆ」を開いています。

新型コロナウイルスの影響でカフェの営業時間をずらしたりテイクアウトを増やしたりしていますが、月1回の開店を楽しみにご来店くださる方々がいて本当に有り難く、また食を通して皆様に笑顔と幸せをお届けできることが嬉しく、細々でも続けていて良かったと妹と話しています。

また昨年来、都会の生活はいろいろと制約も多く、気を使うこともたくさんありますが、隣に住む長女が第二子を自宅出産し、毎日マクロビオティックの食事を届けながら孫の成長を見守ることができたのも有り難く嬉しいことでした。

さらに、神奈川県相模原市で飲食店を展開していた甥がコロナ禍で店舗の閉鎖を余儀なくされましたが、ピンチを新たな展開へのチャンスと切り替え、生産者・消費者・飲食店をつなぐ新業態に着手し、今後の世界の動きも見据えてマクロビオティック食も取り入れようと検討中です。彼も幼少時はアレルギー体質で苦労しましたが、母である妹がマクロビオティック食をベースに工夫して乗り越え、今は食に関わる仕事に携わっていることにも感慨無量です。

 

実践して継いでいく


こうして振り返ってみて感じることは、自分の人生において、都度自分で考え自分で決めてきたと思っていましたが、両親に直接言われた記憶はないのですが、知らず知らずのうちに両親がその後ろ姿で歩むべき道を示してくれて、親に対する不満や反発も含めてその後ろ姿を見ながらここまで歩んで来られたのかなということです。特に「食」という生きる上で欠かせない基本的な部分でのぶれない生き方、確信が子どもの頃の無意識のうちから理屈ではなく
感覚的に影響して自分の芯に染み込んでいたのかなと思います。そしてそれは自分を通して子どもたちにも無条件に伝わっているように感じます。

祖母や父の戦争時代のマクロビオティックから戦後の高度成長期を経て飽食の時代といわれた頃のマクロビオティック。そして今世界がSDGs(持続可能な開発目標)へと大きく舵を切ろうとしている新しい時代のマクロビオティック。その役割は時代に応じて変わってきているかもしれませんが、「食」という人類共通の避けて通れない課題に対してマクロビオティックの視点、その柱である「一物全体」「身土不二」「陰陽調和」を揺るがない核として永遠に伝え続けていきたいと思います。そしてそれは観念ではなく、自分の生きざまを通して次の世代に伝わっていくのではないでしょうか。

自分の生きる姿が有形無形、直接間接的に環境も含めて次の世代に影響を与えているという意識、言い換えれば次の世代に責任があるということを自覚してこれからも宇宙の秩序に従って生かされて生きていきたいと考えています。

※桜沢如一が若者の教育のために開いた私塾

なかだ はる
クッキングスクール リマ石神井校主宰。桜沢如一先生の教えを受けた実父の影響でマクロビオティック料理の道へ進む。1981年、リマクッキングアカデミー(現クッキングスクール リマ)師範科修了。1986年より自宅にて料理教室を開催。1995年より姉妹校に認定される。共著「がんを治す食事療法レシピ」(法研)。季刊誌「はじまりのページ」にてマクロビオティックレシピ連載中。


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