日本CI協会はマクロビオティックの創始者桜沢如一によって創設された日本で最も歴史のあるマクロビオティックの普及団体です。

home クッキングスクール イベントのご案内 書籍紹介 ショップ・レストラン情報 リンク アクセス お問い合せ

活動と入会案内

■協会からのごあいさつ
■概要
■理念
■沿革
■『入会のご案内』
■マクロビオティックとは
・辞書で引くと・・・
・桜沢如一・桜沢里真
・コラム
■研修制度

スタートセミナー日程



健康・病院案内

■健康相談
■定期健康講座
■病院案内

月刊マクロビオティック
食養生や料理レシピなど最新情報が満載です。

■最新号目次
■ご入会の案内
■図書館


マクロビオティックWeb

マクロビオティックWeb

マクロビオティック商品の商社オーサワ

マクロビオティック商品の商社オーサワ

リマネットショップ

 

 
Home月刊マクロビオティック > 抜粋記事〜今月のおすすめ記事

『月刊マクロビオティック』2021年10月号おすすめ記事

特集「身体・空間・精神 CLEARING」

 

お掃除は秩序づけ

クッキングスクール リマ 専任講師 森 騰廣

 

桜沢先生が伝えたかったこと


桜沢先生は何事も大切にしてムダのないように行動されていて、野菜の切れ端や根っこもムダなく料理に使ったり、新聞やチラシの裏面や余白なども原稿用紙として捨てずに残されていました。

「時間」もそうです。日々忙しかった桜沢先生は1秒たりともムダにしないために、2〜3つのことを同時に行って自分
の時間を増やしていたそうです。毎朝1〜2時間かけるお掃除であれば、ただ単に部屋や廊下等を綺麗にする目的だけではなくて、桜沢先生にとっては(7月号にも書きました)運動としてのお掃除であり、そして何より一番大切な「秩序づけ」のためのお掃除でもありました。

私たちは自然界= 大宇宙の秩序に則って生かされていますが、そのことを体は本能的に覚えていまして、朝目覚めて活動を始め夜は睡眠をとることも、吸ったり吐いたりを繰り返す呼吸もそのひとつです。ただ頭(知識)ではもうその「秩序」を私たち現代人は後悔もなくきっぱりと捨て去り、忘れ、そして自らの「欲望」を一番大切にして、その欲望の
ままに日々生活をしています(金、性、食、権力、名誉、戦争など)。

桜沢先生はお弟子さんたちと生活し、一緒にお掃除をすることによって、その忘れ去られた秩序づけの大切さを伝えていました。

 

お掃除は体調チェック


どの場所のどの部分からどの順序で始めるか? お掃除する場所は部屋だけでなく、廊下もトイレも窓拭きもありますし、庭や道路もあります。

秩序づいたお掃除が出来ると全体がスッキリとして綺麗になっていきますが、それが上手くいかないときは汚れが残っていたり、綺麗にしたはずの部分に再びゴミが溜まっていたり、いつもより時間がかかったりします。

その時の自分の体調が良い(前日の食事の秩序が整っていた)といつもより短時間でお掃除が終わりま
すので、その日の体調チェックにもなります。

 

料理教室でのお掃除の大切さ


クッキングスクール リマでは、桜沢里真先生がお料理を通して「秩序づけ」の練習を私たちに教えてくれましたが、同時に料理の後のお掃除でも、みんなで手分けして綺麗にすることを実践して身につけるよう、伝え残されてきました。「常に洗い場は綺麗に…」と。

その想いを今後の生徒さんにも料理教室を通して身につけていただきたいと願っていますので、どうかこれからもご協力をお願いします。

最後に、私の言葉ではうまく伝わらないところもあるかと思いますので、桜沢先生が残された「お掃除とPU」という文をご紹介させていただきます。

 

森 騰廣/もり たかひろ

基本のマクロビオティック料理から、独自のアレンジを加えた応用料理のほか、創作そば、パン、スイーツ等、得意とする料理も幅広い。

 

 

 

「宇宙の秩序」すなわち真理を体得すると云うことは、神の国とその義を地上に実現することで、したがって、真の、永遠の、不変の幸福をつかむこと、真の自由を獲得することであるが、この宇宙の秩序(数千年、あらゆる人間が
知恵と力をしぼって探しもとめている真理)を発見すると云うことは、実に、お掃除という行を身につけない限りできない相談だ。だから、高遠な理想や深遠な哲理や、ややこしい科学に身をゆだねたが最後、お掃除ナンカするヒマもな
くなるから、目的の真理は影も見えなくなるし、目的への方向すら完全に忘れてしまうのである。つまり、お客を迎えるのに、床の間の花や軸を飾り立てることばかり苦心して、台所やお便所の掃除を忘れ、家全体に臭気をみなぎらせ、一度お客が便所に入るや、たちまち驚き、台所をチラと見ただけでもう御馳走も頂く気にもなれないようになる様なもの。およそこの世の中で、お掃除ほどむつかしいものはあるまい。お掃除の上手な人、名人はキット幸福の発見に成功しお掃除の下手な人は失敗する。お掃除を知らない人は、みじめな、不ユカイな一生を送る。それもそのはず、お掃除とは秩序をつけることなのである。そして、秩序とは宇宙の秩序を模倣し、再現することにほかならないのだ。お掃除とは清らかにすることであるから、頭の中の秩序づけから、一身一家や社会、国家や世界の秩序付けまで、みなお掃除のうちである。お掃除は病や罪を掃い清めることでもある。つまり、医学でも経済学でも社会学、政治学でも、みな掃除の一種(いわゆる「おはらい」「大はらい」)なのである。

お掃除の好きな人、すなわち上手な人は、信頼しても、決して裏切られるおそれがない。お掃除のキライな人、すなわち下手な人は、大いに警戒を要する。ウッカリ無制限に信頼したらエライ目に会わされる。お掃除ほど有効な能率の上がるものはない。と私は断言する。人間の大きさは、その人の好む掃除の広さ、大きさ、深さに比例する。同じ掃除好き、キレイ好きでも、自分のことだけに限られているのは小人物である。

私は毎日お掃除をする。これは子供の頃から51歳の今日まで、毎日お掃除をすることだけは、ちっとも変わらない。大津の本部も初めは家全体が驚くべく汚れていた。私は自分の室の四帖半の片すみの黒く汚れた板の間を毎日
毎日拭いた。2、3ヶ月かかって、やっと木目が分かる様になった。それからカラ拭きのミガキをかけた。1年ばかりかかって、やっと大体、黒い汚れがとれた頃、私は面白いことを発見した。それは、この大きな家の歴史、お掃除の歴史と、所有者の没落、転変である。と云うのは、私の室の前の押し入れから二階へ出る抜ける廊下がある。そこは暗い。この暗い処を拭き掃除している間に、この秘密を発見したからである。そこは暗いにもかかわらず、ピカピカ光っていて木目もよく分かる。これから推して、初代のもち主は、この様に暗い所まで念を入れて拭き、磨き上げていたことが分かる。ところが、二代目はこんな暗い押し入れの中は掃除せず、見えるものばかり拭いたのである。

私は昔からよく汚れた家に入って住む。安い家賃を条件とするからである。ところが、汚い家は気持ちがよくないので、コツコツ掃除をする。少しずつキレイになる。楽しみが出てくる。ますます念を入れて掃除する。掃除の秘訣と面白さは、掃除のスキな人に話すのでなくては無意義だ。酒のキライな人に酒談義をやるのはムダだ。

ゾーキンは真白でなくてはいけない。ゾーキンが汚い様ではとても掃除はできない。しない方がむしろキレイだ。西洋では雑巾でも、白さは手拭きとちっとも変わらない。さて、白くなったら、こんどは毎日、乾いた布で磨くのである。もう水気は一切使用厳禁。こうなればまた次の黒い所を見つけて掃除する。大抵の家には、黒い所、汚い所がいくらでも見出せるものだ。それでも、それがなくなったら、毎日畳をふくこと。ガラス戸の掃除は大変むつかしい、コツがある。これは自分で発見するにかぎる(ここでは教えてあげないでおく。それを云ってしまうと気の毒だ!)掃除ナンカ忙しくて出来ない、と云う人を私は気の毒に思う。私は掃除からいろいろ深遠な哲学を学んだ上に、それによって幸福の原理、「宇宙の秩序」に到達する道筋を教えられたようなものだ。毎日お掃除をするたびに、私は何かしら教えられ発見する。その上に、お掃除ほどいい健康法を私は絶対に知らない。それはいかなるスポーツよりも有益でありながら、お金もいらないし、遠方へ出かけることもいらない。その上自分にも気持ちはいいし、人には喜ばれるし、性急な性格やトンガラがった気持ちが吹っ飛んでしまう。お掃除ほどいい強健術はほかにあるまい。ただし、健康法としてのお掃除は、毎日のコースを1分でも1秒でも早くやる工夫を加えること。上手になると、始めの半分の時間でリッパに出来る様になる。それは人手をわずらわすこともないし、いつでも、ドコででもできる。いつでも中途でやめることができる。初めての人は膝が1日で痛くなり、スリむけてしまう。お腹は減るけれど、そこがガマンのしどころ、1ヶ月もやると、とても面白く、うれしくなってくる。そして、人はなぜ毎日お掃除をしなくてはならないか、と云うことが分かりかけると、不幸や、戦争や犯罪の起源もわかってくる。そして初めて胸に鎧の様なアバラ骨があるのに、大切なお腹にそれがないワケなどの偉大な真理がわかって来る。

病人を食物で直す指導を長年やって来た私が、「運動はドウしたらいいでしょう。絶対安静ですか」と聞かれたことはたびたびある。そのたびに私は相手が結核の第三期の末期であろうが、大臣であろうが、社長であろうが、「絶対安静など、もっての他です。お掃除をなさい。秩序づけに限ります。お掃除に限ります。12〜13年も絶対安静をやった? よろしい、それならまず枕元の秩序づけくらいから始めるのです。それからフトンの上げ下ろしです。13年もただ寝て食いつぶしていたのですから神様のお叱りが恐ろしいです。『神は働き給う。我もまた働くなり』と云うでしょう。ラジオ体操?……トンデモない。ありとあらゆる動物を探して見てごらんなさい。ラジオ体操の様なことをやるものは、一匹だってありません。あれをみて、動物はさぞ笑っているでしょう。しかも彼らはみな元気です。3年はおろか、1年だって絶対安静をやらしたら斃れますよ。人間はしぶといですから、なかなか死にませんがね。そんなことをやる時間があるなら、まあお掃除をやってごらんなさい。自分のモノは一切自分で洗うのがよろしい。それが出来たら、他人の分までやるのがよろしい。その功徳は大したものです。私が保証します」これを子供にやらせると、親不孝がたちまち孝行になり、不忠な人がたちまち忠義な人になる。不平家は楽天家になり、弱い人は強くなり、バカは賢くなる。「いや、
おかげでせがれ倅は孝行になりました。」とうれし涙にくれる人もよくある。それでいて当の本人も得意満面でうれしそうな顔を見せる。ただし、ほんとうにお掃除やお洗濯がスキな人になるのは、子供の頃から掃除グセをつけなくてはダメ。お掃除を毎日1、2 時間やることは、40歳以後の人の健康法として何よりも有効である。私の様に、机に向かったが最後、20時間も働かない人間には特に。、一身や一家のお掃除お洗濯、秩序づけでさえできない様な人に、何ができよう! 髪や、カラーや、ネクタイの手入れがいかに行き届いていても、クツ下の底の汚れている人は、下着も汚い。そんな人が、一つの事業や、研究や、子孫や、一家や、一生や、国家、社会に流す害毒が、個人主義、享楽主義、御都合主義で、その結果は肉体と精神のあらゆる病気、犯罪、貧困、争闘、戦争、あらゆる不道徳、災難、間違い、災いである。

昭和19年1月 『むすび』94号より抜粋 桜沢如一著


【前のぺージ】【1】【2】

 

ご購読