【ジャーナルWEB公開記事】2025年夏号 「プロフェッショナル メニュー」第9回|豆こ食堂とおやつ やむなし

※本記事の内容は2025年3月12日現在のものです。
第9回|豆こ食堂とおやつ やむなし
取材・文/篠崎 由貴子
今回は30歳を過ぎてマクロビオティックに出会い、2年後には富山県富山市に自身の活動の拠点となる「やむなし」をオープンした飯沼克浩さんにお話をお聞きした。心も体も休まる空間。誰もが優しい気持ちになれる場所。人と人とが自然と繋がるお店を目指す克浩さんの想いとはどのようなものなのだろうか。
料理を通して「心」を学ぶ
岐阜県出身の克浩さんは、小さな頃から心身の弱さを感じていたそうだ。「心」を深く知りたいという想いから大学で心理学を専攻。自身が楽しいと感じることは何か、人々が喜ぶことは何かを模索するうち、たどり着いたのは「食」の世界だったという。
「以前から興味はあったのですが、調理が得意ではなかったので『不得手を得手にしたい』と考えて東京に移り住み、和食を中心に5年ほど色々な飲食店で経験を積みました。マクロビオティックに出会ったのは、無添加の食材を使った料理を提供するお店に勤めたときです。あるスタッフから『興味があるなら学んでみては?』と勧められたことがきっかけとなり、早速リマに通い始めました。働きながら師範科(現:アドバンスⅡコース)を修了した後、食を通して様々な疾患にアプローチするメディカルシェフの資格を取得したのは8年ほど前だったと思います。『自分を変えたい』と思っていた時期だったので、リマでの学びはたくさんの気づきの場になりましたね。
安価な定食を提供するお店や数万円する高級割烹など、たくさんの飲食店を訪ね歩いたのもこの頃です。自分が『おいしい』と感じるものはなんだろう?と探求するうち、たどり着いた答えは至ってシンプルでした。料理人の技もさることながら、何より大切なのは『質の良い食材と調味料』だと思ったのです。ということは、やっぱりマクロビオティックなんだなと。食を通して心と体が整うことを知って欲しい。自分が作った料理で人々を笑顔にしたいという想いが募るようになりました」

店内に置かれたたくさんの絵本。「読み聞かせ会」を開催することも。
優しい味へのこだわり
2019年、マクロビオティックフレンチをメインとするホテルのチーフシェフとして研鑽を積んでいた克浩さんに運命的ともいえる出会いが訪れた。ある情報サイトで富山にある絵本カフェ「豆古書店」が閉店することを知ったのだ。
「地元の人たちが集う憩いの場のようなお店で、目の前の公園では子どもたちが元気に走り回っていました。プリンやホットケーキをお供に店内に置かれた絵本を心ゆくまで楽しめる空間。あちこちから聞こえてくる親子の微笑ましい会話。『こんなに素敵なお店がなくなってしまうなんて…。是非やらせてください!』とお願いしました。
店名の『豆こ食堂』はオーナーさんの想いを繋げていけたらと考えて一字お借りしました。『やむなし』には『何が起きてもしょうがない。どうしたらよいかを考えよう。正しい食事、正しい空間で病むことがないように。恵みの雨が止まないように』などの想いを込めています。内装も絵本も引き継いだ当時のままなんですよ」

飯沼克浩さん
人気の「やさいごはん」は陰陽五行の考えを取り入れた彩り豊かな季節の野菜がメインのワンプレート。無農薬・有機栽培を中心に15種類ほどを使用しているそうだ。土鍋で90分かけて炊いた無肥料無農薬の玄米は季節や気候によって火加減や水分量を調整し、大人も子どもも食べやすいよう配慮されている。
「僕の場合、圧力鍋より土鍋のほうが優しくて身体に合うんですよね。味噌汁は椎茸と昆布で出汁をとって、 味噌は麦味噌と米味噌を合わせたものをすり鉢で摺って使っています。
1時間じっくり蒸した野菜は離乳食としても食べれるようにあえて味つけはしていません。お好みで豆乳マヨネーズを付けていただく感じですね。出汁をとった椎茸と昆布で作った佃煮、オレンジで煮た人参のグラッセ、ひよこ豆と長芋のハンバーグは定番です。その他の添えものは有機栽培の梅干しや自家製のぬか漬け、塩麹とお酢をベースにした野菜のラペで、季節に合わせて小鉢の内容を変え、お客様が飽きないようバリエーションを持たせるようにしています」

やさいごはんの一例。使用している器はすべて陶芸家の手作り。
五味(甘味・塩味・酸味・苦味・うま味)を存分に感じられる一皿は、お子さん連れのお母さんにもお一人で来店されるお客様にも好評のようだが、中には動物性の食材を求める人もいるようだ。マクロビオティックをメインとした飲食店の多くが直面するこれらの課題について、克浩さんはどのように捉えているのだろうか。
「それぞれに考えがあって当たり前なので、押し付けるようなことはしたくないと思っています。経営という観点からも間口を狭めてしまうことはしたくありませんし、色々な選択肢があっていいのかなと。そのような考えから厳選した抗生物質・ホルモン剤フリーの鶏むね肉で作ったから揚げを主菜にした『おにくごはん』も提供しています。
『豆古書店』さんの看板メニューだったプリンにも平飼い有精卵を使っていますが、白砂糖をやめてきび糖にするなど僕なりにアレンジさせてもらいました。プリンの器を最中にしたのは環境に配慮してのことです。カラメルがじんわり沁みた最中ってとても美味しいんですよ。テイクアウトのときは、うさぎの最中がスプーンの代わりになるよう工夫しました。本日のケーキなどは植物由来の食材で作っているので、体調やご自身の嗜好に合ったものを選んでいただけたら嬉しいですね。その他にも、米粉を使ったホットケーキや自家製アイスクリーム、塩昆布を添えた玄米団子のぜんざいなど、『おやつ』メニューを豊富に取り揃えています」

デザートプレート(14時〜) 添えられた塩と果物のピールが味のアクセントに。
人々の健康を願うオリジナルカレー
「自然を食べるやさいカレー」は、4年かけて考案されたこだわりの一品。克浩さんの新たな一面が垣間見えるアプローチがなされていた。
「分子栄養学(栄養素が身体の細胞や組織に与える影響や代謝経路、遺伝子発現などの生化学的メカニズムを研究する栄養学)を学ぶうち、発達障害や認知症などの様々な疾患が起こる原因のひとつに不足している栄養素があることを知りました。現代人に欠けているこれらの栄養素を素材同士の相乗効果で補うことができないかと考え、たどり着いたのがこのカレーです。
抗酸化作用の高いスパイスをふんだんに使い、少量の圧搾一番搾りのココナッツオイルやなたね油で炒めた玉ねぎ、トマトがベースで隠し味に味噌を加えています。その日の体調に合わせて選べる12種類のトッピングも好評なんですよ。『体調もメンタルも安定してきた』『深い味わいが満足感に繋がり、心身が満たされた』『驚くほど便秘が改善した』という感想をいただくことが多いですね。平日も提供して欲しいという声もあるのですが、無理をするとオペレーションが回らなくなってしまうので、客数の少ない週末の夕方からの提供にして集客に繋げられればと考えているところです」
マクロビオティックを基本としながら動物性食材を柔軟に取り入れることは、経営面において必要不可欠だと語る克浩さん。これまでにも試行錯誤を繰り返してきたそうだ。
「マクロビオティックを実践する人たちが好む料理だけを提供することもできますが、一般的な食事をしている人たちの口にはなかなか合いませんよね。逆もしかりです。双方に満足してもらえる『中庸』を目指すことは容易ではありませんが、そこにやり甲斐を感じてもいます。まずはマクロビオティックという世界があることを知って欲しい。現代の味に慣れすぎてしまった人たちに自然食の美味しさを感じて欲しい。それらのきっかけとなるお店づくりをしていくことが今の僕のミッションです。
マクロビオティックを学んだ人同士、特に飲食店を経営している皆さんと交流を深めることで色々な情報やお互いの経験をシェアしていきたいですね。何よりモチベーションが上がるし、そこから新たなビジョンが見えてくるのではないかと感じています」

自然を食べるやさいカレー(金・土・日 17時~)
受け入れて支え合う
マクロビオティックを取り入れたことで心身が整い、想像力が豊かになったと話す克浩さんは、無添加調味料の選び方や出汁と味噌汁に特化した教室などを開催する傍らミニマルシェやクリスマス会なども積極的に行なっている。様々なイベントを通して人々が交流し合う様子から新たな発想が生まれることも少なくないそうだ。
定期的に開催している「子ども食堂」もそのひとつ。克浩さんの想いに賛同する20名以上のボランティアが参加し、大人300円 子ども100円という安価で120食ほどを提供しているという。
「金銭的な貧困もさることながら、心の貧困にも目を向けたいという気持ちで始めました。家族がいても事情があって個食せざるを得ない人だってたくさんいますからね。大人も子どもも関係なく、どなたでも大歓迎です!『一食のお手伝い』をすることで毎日ごはんを作っているお母さんが自分時間を楽しめたり、子どもたちの食育の場になったり、集まった人同士の繋がりができたらいいなと思っています。
ありがたいことに食材はすべて寄付と募金で賄えているので、僕の持ち出しは『料理人としての腕』くらいかな(笑)。ボランティアさんたちには感謝の気持ちでいっぱいです。僕のように料理を作ることが好きな人がいて、食べることが好きな人がいる。お互いに笑顔になって『ありがとう』の気持ちが生まれる。こうした循環が誰に縛られることなく、自然な形で生まれれば、さらに生きやすい世の中になるんじゃないかな…。回数を増やしたいのですが、そのためには片腕になってサポートしてくれる人が必要です。ボランティアさんの中からそういう人が現れて『飯沼さんは当日居てくれればいいからね』という流れができたら嬉しいですね」

子ども食堂
これまでの話から、克浩さんにはすべてを否定せず、妄信せず、自分で感じ、考え、決めるという「ノンクレド」の精神が息づいているように感じた。マクロビオティックを広めたいという強い信念を持ちながらも人々のニーズに柔軟に対応する姿勢、時代の流れに沿ったアプローチは今後さらに欠かせないものになっていくのかもしれない。
「やりたいことがたくさんあるんですよね。グルテンフリーの米粉パンも提供したいし、カレーをパッケージ化して遠方にお住まいの人にも食べていただけるよう販路を開拓したいし…。住み込みでマクロビオティックが学べる場を作るというのも楽しそうじゃないですか?同じ志を持ったお店を巡るスタンプラリーイベントを開催するのもいいですね。
年齢も性別も体質も人それぞれ。国籍や宗教、思考も同様です。いつの時代にも様々な偏見がありますが、どれもが『個性』だと思えるような、お互いをリスペクトして受け入れられる世界が訪れたらいいですね。そのためにも、自分だけが豊かになるのではなく、出会った人たちが笑顔になるような活動を続けていきたいと思っています」

店内の壁に描かれた絵はライブペインティングに参加したお客様たちの作品
※本記事の内容は2025年3月12日現在のものです。
「季刊マクロビオティック ジャーナル」2025年夏号を無料会員登録して閲覧
住所:富山県富山市大泉町1丁目7-14 1階
TEL:0764-13-2264 定休日:月・火(臨時休業あり)
アクセス:富山地鉄「西中野駅」から徒歩6分
富山ICから15分(駐車場7台)
※詳細はHP をご確認ください。
豆こ食堂とおやつ やむなし
https://oyasai8674.com/