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【第19回】資料で振り返る桜沢如一の思想と生涯

※月刊「マクロビオティック」2022年7月号より転載
※第27回以降は「マクロビオティック ジャーナル」にて連載中

第19回:中年期④

ナビゲーター:高桑智雄(桜沢如一資料室室長) 協力:斎藤武次、安藤耀顔

生涯をかけて取り組んだ「宇宙の秩序」の出発点

今回紹介する資料は、1941年(昭和16年)3月に発行された「宇宙の秩序」の初版本の表紙です。太平洋戦争が開戦される年に発表されたこの本は、桜沢が何度か訂正しながら、死後も日本CI協会から現在まで発行され続ける代表作の一つです。そして、「宇宙の秩序」という宇宙論は、「無双原理」と共に桜沢思想の中心をなす二大コンテンツとして、生涯をかけてその完成に取り組んだテーマであり、この本は、その記念すべき出発点とも言えます。

宇宙の秩序

また、この初版本「宇宙の秩序」で提案された宇宙の6つの同心円型入れ子構造図から、その20年後である1961年( 昭和36年)8月に「新しき世界へ」308号で発表された7段階の対数スパイラル図へと発展する過程は、桜沢思想を研究する上で、最も重要な論点となります。現在発行されている「宇宙の秩序」(日本CI協会刊)は、桜沢による改訂追加文、はしがきの改訂、その後に「新しき世界へ」に発表された記事や対数スパイラル図が追記される形で構成されているため、初版本は発表された当初の思いや生々しさを伝える貴重な資料となります。

なぜ戦時下の最中に「宇宙の秩序」は発表されたのか?

ではなぜ、桜沢はこの戦時下のドタバタの中、一見実生活とはかけ離れたような壮大な宇宙論を語るに及んだのでしょう。一つには初版本の「此の一編をナチス・ドイツの新しき神話を作るために全身全霊を捧げつつある人々に贈る」という言葉で始まるはしがきから窺い知ることができます。

桜沢は、当時盛んにナチス・ドイツや欧米列強、そして東亜が世界の覇権を握るために掲げた「世界新秩序」というスローガンに対して、世界を平和に一つにする桜沢なりの新秩序の提案を行う必要があったのです。つまり、この世界の未曾有の大戦争は、桜沢にとっては西洋の物質文明と東洋の精神文明のぶつかり合いであり、この西洋思想と東洋思想を統合する新しい世界観や宇宙観を秩序としない限り、世界は一つにならないと考えたからなのです。そして、桜沢は各国が提案する新秩序に不満を示しつつ、欧米諸国の中で唯一東洋的な身土不二に近い思想を掲げるナチス・ドイツに今後の期待を込めて、はしがきの最初のような言葉となったのでしょう。

食養会という枠組みが外れて

もう一つの大きな理由は、1939年( 昭和14年)に実質的に食養会の運営から退き、この年正式に除名になり、食養会という枠組みから開放されて、自由に桜沢独自の思想を展開することができるようになったということが言えます。

というのは「宇宙の秩序」とは、実は桜沢にとっては食養に出会う前からの人生のテーマだったのです。幼少期に母親を亡くした桜沢は、その悲しさ、ワビシサ、そして母が恋しいという気持ちから思春期には、「人間とは何か、人間は一体どこから来たのだ」ということを真剣に考えるようになったそうです。そして成人になり京都でフランス語を学びたいばかりに通ったキリスト教会の神秘的な寺院の中で、ローソクの光が宇宙の中に後光の如くまん丸く輝いているのを見て、光はあきらかに粒子なのだと直感する経験をします。では、粒子とは何だと考えているうちに病気になり、その病気がきっかけで食養に出会い、食養を実践する中で、人間は食物から来たものであり食物の生まれ変わりであることを発見し、その食物は大地から来たものであり、大地は大気のような微粒子から来たものであり、光の元を発見し、粒子とはエネルギーであり、目に見えない力であるということを発見していくのです。

同時に桜沢は、食養会の活動の中で、石塚左玄の夫婦アルカリ論を易の陰陽論に展開し、1931年(昭和6年)にパリで「無双原理」を発表し、その完成された陰陽論で宇宙の同心円状の入れ子構造を解明し、桜沢の「宇宙の秩序」は形を成していくのです。つまり、元々あった桜沢の「人間とは何か、人間は一体どこから来たのだ」という根源的な問いが、桜沢を食養に導き、そしてその食養の原理から無双原理を見つけ、その無双原理で、その問の答えである「宇宙の秩序」を発見していったと言えるのです。

桜沢の宇宙論の真髄である「無限の世界 有限の世界」の二つの構造が初めて公の記事に出てくるのが、1938年(昭和14年)の雑誌「食養」12月号です。その前号である11月号に「食養会さようなら! !」の記事が掲載され、食養会からの実質的な引退宣言をしていることから、やはり桜沢は食養会の立場から開放されたことが、自身の人生のテーマである「宇宙の秩序」へと本格的に取り組むタイミングだったと言えるのではないでしょうか。

初版本で提案された宇宙の6つの同心円型入れ子構造図

初版本で提案された宇宙の6つの同心円型入れ子構造図

大人でも子どもでも簡単に理解できるシンプルな世界観

桜沢の宇宙論は、目に見えない無限の力の源である「無限の世界」と、目に見えたり分析をしたりすることができる、限りある物質世界である「有限の世界」という二つの世界で構成されます。そして「無限の世界」は、夢や精神の世界と同じと考えます。なぜなら夢や精神は、目に見えず時空を超えて広がる世界だからです。

桜沢はその夢や精神の超時空性を、仕事でお世話になった人が亡くなる時に鮮明に夢に出てきたりなどのいわゆる神秘的な体験をたびたびすることで確信しいくことになります。しかし、桜沢はその超時空的世界を神秘的な或いは宗教的な用語を使わず、シンプルに「無限の世界」として表現し、その無限に広がりゆく世界の一点に浮かぶ光の世界があり、その光が大空、大地、草木を生み出し、そして最後に私たち動物である人間の世界を生み出す。つまり、私たちが生きるこの目に見える「有限の世界」は、「無限の世界」を親とし、その一微分なのだというシンプルな世界観を完成させていきます。

そして桜沢にとって、この世界中の未曾有の対立を一つに治めるには、洋の東西を問わず、大人でも子どもでも簡単に理解できるシンプルな世界観・宇宙観を世界に提案することが急務だったのです。

著者プロフィール

高桑智雄/たかくわ・ともお

桜沢如一資料室室長。
1970年生まれ。2001年に日本CI協会に入社し、桜沢如一の陰陽哲学に感銘を受ける。
故・大森英櫻のアシスタントを担当した後、2011年より桜沢如一資料室の立上げ、運営に携わる。
編集・執筆に「マクロビオティックの陰陽がわかる本」「マクロビオティックムーブメント」」など。2015年発行の人気書籍「マクロビオティックの陰陽がわかる本」の編集者であり、 月刊マクロビオティック・コラム「Café de Ignoramus」連載中。

高桑智雄

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