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【ジャーナルWEB公開記事】2024年冬号「提言」和田 重宏

子どもと大人が共に学び合う「食」について 和田 重宏

50年以上にわたって子どもや若者たちと直に接してきた者から見ると、便利・快適を追求してきた科学技術の進歩がもたらした結果として、彼らの生命エネルギーの減退が気になります。特に、最近の予想を超えた急激な気候や社会の変化に対して彼らが柔軟に対処できるのだろうか危惧しています。

学校の成績や高校・大学の受験では相変わらず知っているだけで良い結果が得られる仕組みになっています。実社会で求められている「できるため」には「知ること」も大事ですが、これは「できるため」の一段階に過ぎません。学校教育は社会的自立のための一過程を担っているだけです。それを補完してきたのが従来の家庭教育や社会教育でした。寄宿生活教育はこれらのすべて含んだ教育です。

寄宿生活教育とは

寄宿生活教育は聞き覚えのない言葉だと思いますが、寄宿教育や生活教育なら聞いたことがあると思います。寄宿生活教育はこの二つを合わせたものです。我々が実践してきた寄宿生活教育は、十代の子どもたちが一時期親元を離れ、異年齢の仲間たちと共に暮らす「寄宿」と、24時間指導者と共に過ごす「生活」の二つの要素があります。「寄宿」は親を超え、独立するための準備期間であり「生活」は健康な身心を実現するための土台づくりであり、生活にはすべての教育的要素が含まれていますので、生きていくのに必要な呼吸が伝授されます。

自給自足的生活から得られるもの

自分たちが食べる物は自ら育て、収穫し、料理して食べます。この体験によって働く歓びや季節を感じながら安全を確保します。合宿所の床の間には「今ここ これ以上に大切なものはない」と書かれた掛軸があります。遊びや食事など、何をする時も全力を出し切って取り組むことを合言葉に共に暮らしています。しかし現在の社会では、子育ての結果として15歳から64歳までの就業年齢のうち146万人のひきこもりの無業者が存在しています。そうならないために、何をするにも力の出し惜しみをせずに全力で取り組むことで継続的に「働くこと」を可能にします。また、農薬を使わない有機農法によって自分たちで育てた新鮮な野菜を毎日食べています。

味覚の再教育

子どもや若者たちは外食や学校給食、コンビニ弁当などのように味の濃い物ばかり食べているせいか、微妙な味を感じ取ることができなくなっています。寄宿生活によって、味の違いが分かるようにする味覚の再教育も私たち指導者の役割です。ついでに言うならば、小遣いなどの金銭の再教育も大事なことです。食事の時に味について会話することはコミュニケーション力の向上につながります。

陰陽の学習体験活動 (=半断食合宿)

私たちの所では、夏休みに夏期日課と称して約一か月間合宿所で共に過ごしますが、その最初に半断食合宿を行うことで心身を調えます。田中愛子先生がご健在だった間は、生活を共にさせていただきながら陰陽の学習だけでなく、先生の人柄を学びました。最近は後を引き継いで磯貝昌寛さんが半断食合宿を行なってくれています。

成長期の子どもや受験生の食事の重要性

十代の子どもたちと言えば、成長期の真っただ中です。彼らを親元から預かるわけですから、健康な身体の土台づくりのために、食事には殊のほか気を配ります。

中学1年生から不登校になって寄宿生活を共にしていたA 君が、自分たちで家を建てる活動をしていた中学3年生の時に、突然、「ボク医者になる」と言い出しました。彼はそれから猛然と勉強し始めたのですが、「これからは穀物菜食で、ご飯は玄米でお願いします」と、台所主任に食事内容の注文をしたのでした(当時の塾の食事は原則穀物菜食でしたが、人さまからの頂き物は有難く感謝しながら食べるし、ご飯は五分搗きか七分搗きでしたので)。このように言ったのには彼流の理屈がありました。ライオンなどの肉食動物は睡眠時間が長く、ゾウなどの草食動物の睡眠時間は短いからです。睡眠時間が毎日1時間短くて済んだら、1年で365時間も勉強時間が稼げるわけです。その結果、彼は現役で医学部に進み、医者になりました。

子育てに、台所を活用しよう

幼い時のある期間、子どもたちは親が毎日しているご飯づくりに興味を持ち、やりたがります。この時期の親の対応こそがその子の将来を決定づける要因の一つになります。不登校やひきこもりといった人生につまづいた子どもや若者たちに共通した特徴は実体験不足です。家庭は社会の最小単位ですから、家庭で自立できない子どもや若者が社会的に自立することは難しいのです。幼い子どもが「自らやりたがる」のは長い期間ではありません。その貴重な機会を逃したために、その子が大きくなって行き詰まり、困っている親がたくさんいます。台所はどこの家にも存在します。その存在の意義を再認識してほしいと思います。

親の料理教室 (ダイコン丸ごと一本を使い切る料理)

子どもたちの好き嫌いの原因の一つに、親が作る料理の下手があります。自給自足的な生活では、自分たちが育てた野菜を新鮮なうちに料理し、食べますので、市場を経由し日数が経った野菜の料理より美味しい筈です。子どもは美味しい料理を食べれば好きになります。秋から冬にかけてはダイコンがたくさん穫れますので、「ばっかり食」の始まりですが、お母さんたち向けに「ダイコンを葉っぱからしっぽまで丸ごと使い切る料理教室」などを開くのも私たちの教育活動の一端です。

「いのちと食」の学びに、けして卒業などということはありません。大人も子どもも区別なく共に学び合うことでもたらされる「理解と精神風土」こそが、現在この世界に最も必要とされていることなのではないでしょうか。

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著者プロフィール

和田 重宏/わだ しげひろ

1945年神奈川県生まれ。横浜国立大学教育学部卒業。公立中学校の教師を経て、74年に「はじめ塾」を継ぎ、2003年まで塾長を務める。1992年にNPO 法人子どもと生活文化協会(CLCA)を設立し、現在は顧問。2008年から17年まで小田原市教育委員長を務める。著書に『「観」を育てる 行きづまらない教育』(地湧社)など。
https://clca.jp/

和田重宏

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