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【ジャーナルWEB公開記事】里山暮らしの愉しみ vol.1|テントウ虫の夢

里山暮らしの愉しみ 山賀 克巳

自然との調和に生きる 里山暮らしの愉しみ
vol.1|テントウ虫の夢

山賀 克巳

大寒を過ぎてまだ数日、冬の良く晴れた朝。ヒノキが聳え立つ東山の背後に朝陽が後光のように差している。平地ではとっくに陽が昇っているのに山間地の日差しは遅い。ちょうどこの光と同じように、真実は背後で輝いていて、いずれ明らかになるだろう。

目は覚めているが、布団の中で再び眠りに落ちそうになりながら、人生という夢の中で息を凝らしている。残念ながらこの呼吸以外その夢の大部分は嘘で構成されている。直接情報を意識で認識できれば、世界には真実のみが残るはずだが、今はまだそのレベルには至っていない。さっきからアカゲラが栗の幹をつついていて目覚ましの役割をしている。そういえば若い頃から目覚まし時計は使ってこなかった。起きたくなって起きるのでなければ人生は朝のスタートからつまずく。

リンゴ園に薪を取りに行きたいけれど、暖かい日にすると決めたので、急いで起き出す理由はない。冬という陰性の季節には同じく陰性な思索活動がしやすくなるが、とにかく良い気分で波動を整えておこう。嫌な事もうれしい事も波動に応じて起きるのだから、まずは波動の調整が肝心だ・・・。それも束の間、起きる理由が体の欲求から来てしまう。夕食で陽性の食べ物をしっかり摂らなかったせいだ。

里山暮らしの愉しみ 山賀 克巳

屋外のバスルームは渡り廊下の向こうにあるので少し面倒だ。深夜ともなればちょっとした冒険となる。睡眠状態を維持したいので照明は点けないからだ。布団から出て手探りでフード付きオーバーを着こんで手すりを頼りに階段を下りる。さらに冷たいウッドデッキに出るときは勘を頼りにサンダルを履く。たどり着いたツリーハウス風のバスルームに入った後も手探りだ…。

朝になって空は晴れ渡って放射冷却が進み、丸太につるした温度計は零度を大きく下回っているに違いない。火の気の落ちた階下は寒々しいが、着づらいセーターに袖を通し、寝巻をたためば起床モードに入る。まずは跳ね上げ窓を開け、リンゴの薪を手早くつかみ室内に入れる。薪ストーブのサイドドアを開け、赤い残り火をならした後木っ端と薪を乗せる。このプロセスは長年の経験で手際が良い。程なく炎が立ち上がり、輻射熱で体も緩み始める。少し待てば真っ赤な熾火を炬燵に運べるだろう・・・。

里山暮らしの愉しみ 山賀 克巳

ストーブのドアを開けた瞬間薪から何かがポトっと床に落ちた。拾って見ると、それは寒さで硬直したテントウ虫だった。その状態でも意識があるのか、薪の移動中に危険を察知したと思われる。ストーブの前でしばらく手のひらに乗せているとわずかに動き始めた。何事も認識しなければ存在しない。身動きしないテントウ虫は、気づかなければゴミにしかすぎない。命そのものに、重さや大きさを量る尺度は見当たらない。ぼくの命、テントウ虫の命と思考で区別しているだけで、実際には分離した命を見つけられない。そして自分と他者の命に分離がないと実感できれば、ぼくの人生とはただの観念なのかもしれない…。

この体の中にも微生物という小さな生命たちがいて、それぞれの人生を送っている。彼らは新陳代謝を担当して体を生かしてくれている。また微生物は腸内にたくさんいるので腸を健全に保つことが大切である。ぼくは血液が小腸で作られ、赤血球が細胞に成るという千島学説は真実だと思っている。

学校で習う知識が正しいとは限らない。たとえば病原体仮説を提唱したパスツールは死に際に自分の学説が嘘だったと自ら告白している。そして病気は宿主の不健康がきっかけだと唱えたベシャンが正しいと認めている。ベシャンによれば、微生物は普段は健康な細胞を維持してくれて、血液が汚染された場合は細胞を分解処理する役に回る。そして分解後の残骸はエクソソームとして体外に排泄される。一般論とは裏腹に、外部から体に入ってきて病気を発生させる細菌やウィルスは存在しないらしい。むしろ冷えや薬毒によって死滅する細胞の処理を微生物が担っている。いわゆる感染とは体内細胞の解毒症状のことだと言える。

体調不良で病院に行けば、当たり前のように薬が処方される。薬で病気が治ると信じる現代人はいつまでたっても本当の健康に戻れない。投薬によって微生物はさらなる解毒作業に駆り出され、体の不調が細菌のせいにされる。一般に肉体をわたしと思う人は多くいる。けれども体の組成は絶えず入れ替わって別人になっていく。しかも肉体を管理しているのは自律神経であってわたしは何もしていない。現実には起きてくる結果だけがあり、後から原因を思考で作り上げ、わたしがやっていると解釈しているにすぎない・・・。

いつの間にかヒノキの先端に朝陽は姿を現し、ガラス越しいっぱいに眩しい光が差してきたので、思索から現実に引き戻された。本棚の縁を歩き回っていたテントウ虫は、いつの間にか姿を消してしまった。再び冬眠に戻ったのだろうか。テントウ虫が夢を見るものか知らないが、ぼくの人生という夢にテントウ虫が現れたのは確かだろう。そしてまた夢の一日が始まり、ふと見れば、妻が穴だらけだった竹籠を和紙と布を使って修復を試みている。竹籠はいつも弁当入れとして使っているので、工夫して使い続けたいという話である。

里山暮らしの愉しみ 山賀 克巳

 

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著者プロフィール

 

山賀 克巳/やまが かつみ
美麻工房主宰。東京生まれ。20代でマクロビオティックに出会い、関係書籍などで独学、実践する。その後渡航し海外生活を経験。帰国後、翻訳業を経て都会を脱出。ログハウス施工会社で建築のノウハウを身につける。長野県大町市(旧美麻村)に移住し、薪ストーブの設置・煙突取付工事などを中心に活動。
www.miasa-workplace.com

里山暮らしの愉しみ 山賀 克巳

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