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【ジャーナルWEB公開記事】2024年春号「提言」品川 明

満開の桜と菜の花

見えないところに想いを馳せる

学習院女子大学 日本文化学科環境教育センター教授
品川 明

おいしいには理があり物語がある

私たちは食をどれくらい知っているだろうか?食べものを食べる時、食べものを感じて食べているだろうか?食べものが私たちに感じて欲しいことがあるのではないだろうか?

経済の発展、利便性の追求、食の工業化などによって、日本人は食に対する多くの価値を享受していると思います。しかし、何か目に観えないものを感じ取れなくなっているのではないでしょうか。失ったものとは一体何だろう?

食育の重要性が叫ばれて久しくなりますが、多くは表層的な情報提供にとどまり、食の縁辺に隠されている様々な学びの機会や知恵や伝統に培われた奥深さを感じとる機会を忘れているように感じます。

今、自分が口にしている食物が、どこで生まれ育ち、どのような繋がりから給食や食卓に上がってきたのか。また、なぜそのような色や形を呈し、なぜそのような匂いを発するのか。さらには観て触れて嗅いで聴いて食べた時に体が何を感じたのかなど、食に対するあらゆる意識や感覚を目覚めさせる機会の提供こそが、これからの食育の重要なテーマではないでしょうか。自身に備わっている能力としての五感を呼び起こし、感性を研ぎ澄まし、沸き起こる想いを確かめることで、自身が産んだ言葉が生まれ、他者とのコミュニケーションも楽しく円滑になります。

食べるものは物としてではなく、命あるものとして捉え、おいしさの源がその食べものの命の輝きにあることを実感してほしい。命の輝きとは、その生きものが、生きている場所で、どのように生きているのか、どのようにして子孫を残しているのか、いろいろな知恵や工夫が長い歴史の中で培われたありさまなのです。

食べるものは、当たり前に、そこにあるものではありません。地球誕生以来の長い長い時間と数え切れない命の繋がりがあってはじめて、今在るものです。奇跡的であり、尊い、有り難い存在なのです。それは人も同じです。そして、私たちはその有り難い命を頂き、私たちの命を繋げているのです。

食のグローバル化や食の工業化によって、一見多様な食べものを食べているように思うかもしれません。しかし、食の調達の場が変化し、旬や季節感が失われ、食の形骸化が進み、食に対する文化的価値も喪失しているように思います。食べものの種類が多くあっても、味わいの多様性がなくなり、均一で同じような味わいの食が多いように感じます。その結果、徐々に五感力が衰え、自分と自分を取り巻く世界を認識するために必要なかけがえのない、ゆっくりとした世界を味わうのに適した感覚は、驚くほど貧困になっているのではないでしょうか。

食の表層を感じるだけでなく、食の中に隠されたものや事柄を感じ取るために五感や心で食を味わうことにより、その価値や背景を理解し、食を自律的に選択できる力、さらに、自分で思考する生きる力、人生を豊かに味わう力、文化や未来を創造する力を培うことができます。そのためには、まず、季節感ある郷土の食や家庭料理が大切です。郷土で培った郷土の食は文化的、教育的、環境的、社会的、経済的な価値や意味が含まれます。

食には多くの物語があります。おいしさには多くの理や物語があります。食べものをきちんと食べること、食べものをじっくりとゆっくりとした食べかたによって、五感や心で味わうことによって、情報に捉われない自分自身の心の声を聴いて、自分に正直に応えられ、食を感じ取る能力が身につきます。もっと、感性を磨き、自分自身に自信を持つことが大切ではないでしょうか。

食べるものはほとんどそれ自体が命であり、命の繋がりを感じ、貴重で尊い感謝の対象です。また、それ自体が変化に富み、美しい「芸術(Art)」です。

食べることは生きるためや活動するための行為であり、そのために食(命)を自己化することです。共に生きるを自覚することです。また、食べることはマクロやミクロの世界であり、「科学(Science)」でもあります。

食べかたによって、食(命)はいろいろな価値を提供してくれる存在です。一方、食の価値や意義を感じるための大切な人の行いかもしれません。それは所作や作法や躾など人を律することに繋がります。また、その行為は「人生(Life)」を決定するかもしれません。

最後に、日本CI 協会 前会長である勝又靖彦先生との出会いの中で、マクロビオティック クッキングスクール リマの教本の一部を共有したいと思います。

“マクロビオティックの大原則に「身土不二」があります。人間は環境(自然)の一部であって、その環境に調和した生き方によって健康に、そして幸福になる判断力を身に付けることができます。穀物を中心とした「一物全体食」、そして「陰陽の調和」の原則もその為です。自然は汚れ役立たなくなったものを掃除(分解)し、役に立つ美しいものに再生しています。掃除はその自然の有様に沿った行為であり、自然と調和する最良の方法です。”

見えないものが観えるようになるためにも、美おい味しいものの理を感じ取るためにも、掃除や後片付けはかけがえの無い行いであることを感じたいと思います。

著者プロフィール

品川 明/しながわ あきら
学習院女子大学 日本文化学科環境教育センター教授、フードコンシャスネス研究所 所長兼理事長、東京大学大学院修了 農学博士。自分の味覚を確かめるとともに味わい力を発展させ、食べ物の背景を知ることが大切である。味わい教育のテーマは「お椀の中に地球が観える」を実感できる人を育てることである。あらゆる世代に必要な楽しくておいしい味わい教育を実践し、食物の大切さや本来の価値を認識し、生き物の命や生き物が生息している環境を大切にする人を育てることを目標としている。また、画一的な教育手法ではなく、いろいろな教育手法を習得し、コミュニケーション能力やファシリテーション能力のある教育者をできるだけ多く育てることも目標である。

専門領域:味わい教育(フードコンシャスネス論)、環境教育、水圏生物化学・生理生態学・ファシリテーションスキル、コミュニケーション論

著書・論文:『アサリと流域圏環境』『魚介類のエキス成分』(水産学シリーズ、恒星社厚生閣)、『生活紀行 しじみの話』(学習院新書)、『白熱教室 食生活を考える』(アイ・ケイコーポレーション)、『図解家庭基礎』(実教出版)他論文多数。

一般社団法人 フードコンシャスネス研究所
https://foodconsciousness.jp/

品川明

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