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【第10回】資料で振り返る桜沢如一の思想と生涯

※月刊「マクロビオティック」2021年10月号より転載
※第27回以降は「マクロビオティック ジャーナル」にて連載中

第9回:壮年期③

ナビゲーター:高桑智雄(桜沢如一資料室室長) 協力:斎藤武次、安藤耀顔

世界デビュー作

今回紹介する資料は、1931年( 昭和6年)に、フランスで出版された桜沢初の世界デビュー作「Le Principe Unique de la Science et de la Philosophie d’ Extreme-Orient( 東洋の哲学及び科学の無双原理)」の貴重な初版本です。これは桜沢自身が大切に保管していたもので、まだペーパーナイフが入っていないアンカット本です。単身渡仏してわずか2年目に、当時フランスで最も権威のある思想、哲学書の出版社のひとつであるブラン社から無名の東洋人が何ゆえに本を出版できたのでしょう。

それは国際キャンプでの食事療法が大成功し、生活は少し楽になったのにも関わらず、大衆の病気治しに忙殺されるのではなく、東洋哲学、東洋医道の優位性を西洋社会に承認させるという大道に徹するため、そこで知り合った桜沢の意思を理解できる2〜3人の知識人と協力して活動した結果でした。そしてその知識人達との徹底した議論の中から生まれたのが、「無双原理」という桜沢思想で最も重要な哲学体系でした。

桜沢初の世界デビュー作「Le Principe Unique de la Science et de la Philosophie d' Extreme- Orient( 東洋の哲学及び科学の無双 原理)」

桜沢初の世界デビュー作「Le Principe Unique de la Science et de la Philosophie d’ Extreme-Orient( 東洋の哲学及び科学の無双原理)」

 

無双原理の確立

桜沢は、西洋の知識人たちに石塚左玄の生化学的食養法の要である「ナトロン塩性」と「カリ塩性」の相対性対抗性を説明する時に、日本や東洋の精神文明の根底にある陰陽相対原理を理解する感性が全くないことに気づき苦慮します。つまり、日本人ならなんとなくわかる「物心一如」とか「惑病同源」とか「色即是空、空即是色」などの原理が全く理解されないのです。西洋の特に知識階級は、科学によらなければ何事も承認せず、その科学は目に見える物質のみを扱い精神界を度外視するので、精神( 陰)と物質( 陽)が表裏一体であるとする東洋医道の根本をいきなり西洋人に伝えるのには無理があると考えたのです。

そこで桜沢は食養や東洋医道を伝える前にまず、東洋の哲学と科学の根本原理である「易」の陰陽原理を西洋人に説明する必要に迫られたのです。しかもその陰陽原理が、西洋の化学や自然科学、経済や政治など、あらゆる現象にも応用される公理でなければ、到底西洋人を説得できるものではありません。しかし、現代に伝わる「易」は長い歴史の中で複雑曖昧になり、陰陽原理は五行説など多様な体系に分化していて、精神世界と物質世界を統合する明快な原理とはいえなくなっていました。

桜沢は子どもの時から「易」に興味を持っていたそうです。なので、左玄の食養法に出会って、その要であるナトリウム・カリウム拮抗理論の根底に、易の陰陽原理を見つけたことは自然な流れだったのでしょう。そして今度は西洋人に食養を伝えるために、「易」の再構築という大業を行うことになります。桜沢は協力者たちのツテでソルボンヌ大学やパスツール研究所で西洋科学を学び、元素のスペクトルによってその陰陽が分かることなどから、「易」の陰陽原理を西洋の自然科学に翻訳・応用する試みを行っていきます。

そしてついに、陰陽を宇宙の遠心力と求心力と定義し、その変化の法則を12の定理にまとめ上げ、精神の世界から物質の世界のあらゆる現象を陰陽で分類できる2つとない原理である「無双原理」を確立し、一冊の本にまとめられたのが「Le Principe Unique de la Science et de la Philosophie d’Extreme-Orient」だったのです。

ちなみに、このフランス語版と1936年(昭和11年)に日本で発行した日本語版「無双原理・易」は少し内容が違います。前者は東洋哲学の素養のない西洋人向けに書かれていて、後者は日本人なら誰で知っている東洋的前提を省略して日本人向けに書かれています。そんなところにも桜沢の東洋と西洋の違いを見据えた姿勢が強く現れています。

こうしてこの本は、協力者たちのサポートもあり、ブラン社から3000部が発行され、また同年にはプロン社から「Le Livre des Fleurs( 花の本)」という華道の解説書も発行され、パリの知識階級へ少なからぬ反響を呼び、桜沢はそれを契機としてアンドレ・マルローやポール・バレリーなどの当時パリで活躍していた新進の思想家たちと交流し、ますます執筆活動に精を出していきます。これらの桜沢の作品群は、いまだ版を重ね、装丁が変わりながらフランスで出版され続けています。

フランスで出版された桜沢如一の著書

フランスで出版された桜沢如一の著書

 

桜沢思想の深化

「食養」は、あくまで石塚左玄が確立した思想とすれば、それを継承した桜沢のオリジナルな思想となると、やはりこの「無双原理」の確立ということになります。しかし「無双原理」も、結局のところ古来から伝わる「易」や「老荘思想」をまとめ直したものであり、桜沢自身も言うように、その思想自体がオリジナルで新しいものではありません。しかし、古今東西の思想家、哲学者、科学者の中で、東洋哲学と西洋科学、そして精神世界と物質世界をひとつの原理で統合した人物が果たしているのでしょうか? いまだこの偉業は世界でほぼ評価されていませんが、これからの時代、桜沢の「無双原理」の重要性が広く知られることが望まれます。

そして桜沢思想の深化はここで終わりません。この「無双原理」を起点にして、中年期には「宇宙の秩序」という壮大な宇宙観へと広がって行く中で、その独自の世界観が食養会とせめぎ合うことになっていくのです。

著者プロフィール

高桑智雄/たかくわ・ともお

桜沢如一資料室室長。
1970年生まれ。2001年に日本CI協会に入社し、桜沢如一の陰陽哲学に感銘を受ける。
故・大森英櫻のアシスタントを担当した後、フリーランスとして独立。
2011年より桜沢如一資料室の立上げ、運営に携わる。
編集・執筆に「マクロビオティックの陰陽がわかる本」「マクロビオティックムーブメント」」など。2015年発行の人気書籍「マクロビオティックの陰陽がわかる本」の編集者であり、 月刊マクロビオティック・コラム「Café de Ignoramus」連載中。

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